あかりくらがり
連日、まるで競い合うように蝉の声が響きわたっています。 夏を実感するこの時期になると、大好きだった景色を思い出します。祖母や母にくっついて訪れたお寺のお堂の中から、燦々と陽のさす外を眺めた時のこと。薄暗くひんやりとした静けさに包まれながら、少し遠くにある眩しく騒がしい表を感じるのが、子供ながらになんとも心落ち着く時間でした。
そんな体験からなのか生来の好みなのか、空間は暗めが好み。バスルームの電気はつけず、寝る時も真っ暗にしたいタイプです。家の照明も必要な部分だけを照らす形で設えているので、来客に「もう少し明るくして」と注文を受けたことも幾度か。
明るい空間では、あらゆるものが視界に入ってきて疲れるから……。陰翳を好む理由を考えたとき、ふと思い至りました。明るさを好む人は、逆にくらがりの中にこそ膨大な情報量を感じとっているんじゃないか、と。ディテールが確認できない空間は、大げさに例えるなら小さなブラックホール。どれほどの大きさで何をはらんでいるのかわからない。だから、注意深く意識を向けておかなければいけなくて疲れる。そう思う人がいても不思議はありません。
ああ、なんて感度の高いアンテナを張っている人がいるんだろう。暗いほうが落ち着く、部屋が実際より広く感じられて好きなどと気安く喜んでいた私は、とても単純「明」快な人間なのかもと、なんだか可笑しくなりました。
そんな体験からなのか生来の好みなのか、空間は暗めが好み。バスルームの電気はつけず、寝る時も真っ暗にしたいタイプです。家の照明も必要な部分だけを照らす形で設えているので、来客に「もう少し明るくして」と注文を受けたことも幾度か。
明るい空間では、あらゆるものが視界に入ってきて疲れるから……。陰翳を好む理由を考えたとき、ふと思い至りました。明るさを好む人は、逆にくらがりの中にこそ膨大な情報量を感じとっているんじゃないか、と。ディテールが確認できない空間は、大げさに例えるなら小さなブラックホール。どれほどの大きさで何をはらんでいるのかわからない。だから、注意深く意識を向けておかなければいけなくて疲れる。そう思う人がいても不思議はありません。
ああ、なんて感度の高いアンテナを張っている人がいるんだろう。暗いほうが落ち着く、部屋が実際より広く感じられて好きなどと気安く喜んでいた私は、とても単純「明」快な人間なのかもと、なんだか可笑しくなりました。